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東京地方裁判所 昭和37年(ヨ)2212号 判決

申請人 岸沢範子

被申請人 旭光学工業株式会社

主文

申請人が被申請人に対し労働契約上の労働者の権利を有する地位を仮りに定める。

被申請人は申請人に対し昭和三七年一二月四日以降申請人より被申請人に対する労働契約関係存在確認請求事件の判決確定に至るまで毎月末日限り一か月金一五、五七一円の割合による金員を仮りに支払え。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

第一当事者の求める裁判

申請人は主文第一、二項同趣旨の裁判を求め、

被申請人は申請人の申請を却下するとの裁判を求めた。

第二申請の理由

申請人は本件仮処分申請の理由として次のとおり陳述した。

一、被保全権利

(一)  被申請人は従業員約七五〇名を擁し、カメラ、光学器具等の製造販売を業とする株式会社であり、申請人は昭和三五年二月二二日、被申請会社に雇傭され本社工場検査課に所属し外注部品検査の業務に従事していた者である。

(二)  しかるに被申請会社は昭和三七年一二月三日申請人に対し退職を強要し、申請人がそれを拒否したにも拘らず翌四日以降退職したと称し申請人の就労を拒否し賃金の支払をしない。

申請人の賃金は一か月金一五、五七一円でその締切日は毎月二〇日その支払日は毎月末日の定めである。

二、仮処分の必要性

申請人は被申請人より支払われる賃金により生活を支えてきたが、申請人が被申請人に対し労働契約上の労働者の権利を有する地位の確認及び前記賃金の支払を求める訴訟の判決確定までの間右地位の保全及び賃金の仮払いを求めなければ労働者としての生活に著しい支障があるので本件仮処分申請に及んだ。

第三申請理由に対する答弁

一、認否

申請の理由一の(一)の事実中、被申請人は株式会社であること、申請人は昭和三五年二月二二日被申請会社に雇傭され本社工場検査課に所属し、外注部品検査の業務に従事していた者であることは認めるが、その余の事実は否認する。

同一の(二)の事実中、被申請会社は昭和三七年一二月四日以降申請人の就労を拒否し同日以降の賃金を支給していないこと、申請人の当時の賃金は一五、五七一円でその締切日は毎月二〇日、その支給日は毎月末日であることは認めるが、その余の事実は否認する。

同二の事実は否認する。申請人の父はポリエチレン製造販売を業とする三恒産業有限会社の取締役、兄は同会社の社長の地位にあり、かつ右父兄が申請人の生活の援助を与えることについて拒んでいる事情はない。却て申請人が父兄の援助を拒否し自ら求めて悪い環境を作りだしているのである。又申請人は昭和三七年一二月四日退職金その他合計一〇三、八二六円の支給を受けている。以上の次第であるから、申請人主張の如き仮処分の必要性はない。

二、被申請人の主張

申請人は昭和三七年一二月三日、被申請会社に対し雇傭契約解約申入もしくは、合意解約の申込をなし、被申請会社は同日これを承諾したので、同日を以て申請人と被申請会社との間の雇傭関係は終了したものである。

第四被申請人の主張に対する申請人の認否並に反対主張

一、被申請人の右主張事実は全て否認する。申請人は被申請会社に雇傭契約解約の意思表示をしたことはない。

二、仮りに申請人が雇傭契約解約の意思表示をなしたとしても右意思表示は次の理由により無効である。

申請人は流行性感冒のため昭和三七年一一月二〇日午前一〇時頃早退届にその理由を書いて課長印を貰つて早退し、以後その療養のため同年一二月二日まで欠勤したが、同月三日出勤したところ、被申請会社人事係長長崎正から本社応接室によびつけられ、午前八時三〇分頃より午後七時一五分頃までの長時間にわたり同所でなかば監禁状態におかれ、中途二名の被申請会社従業員をまじえたが主として同係長から、「君が昭和三七年一一月二〇日から一二月二日まで休んだことは無断欠勤になるのみならず、上司の命令に従わず、また上司にウソを言つた。これらは、いずれも懲戒解雇事由に該当する。」「専務に嘘を言つたことをあやまり、今までの行動をすべて話せ。そのあとで欠勤のことについて話そう。」等とおどかされた上、「あなたの将来のことを考え懲戒と名がつくと困るだろうから退職届を提出して自己退職ということにしたらどうか。」「是非退職届を書いて提出してくれ。」等と要求され、これを頑強に拒否すると更に「今すぐ退職届を書くか、このまま懲戒解雇になるか、どつちを望むかの返事しない限り帰さない。」と執拗に退職を迫られた。これがため申請人は、真実退職する意思がないに拘らず、「退職届を提出しない限り帰宅し得ないもの」と思い、疲労困ぱいの末、長崎の書いた文案どおりの「辞職願」なる書面を作成提出したものである。

従つて申請人の右書面の提出が雇傭契約解約の意思表示であるとしても、真実退職する意思はなく、しかも被申請会社もこれを十分知つていたか少くとも知り得べき状況にあつたものであるから、右解約の意思表示は民法第九三条但書により無効である。

三、仮りに右意思表示が無効ではないとしても、被申請会社係長長崎正らの前記のような強迫行為にもとづいてなされたものであるから、申請人は翌日である昭和三七年一二月四日右長崎に対し右意思表示を取消す旨通告し、前記辞職願を破りすてた。それ故、右意思表示は取消によつて効力を失つた。

四、申請人被申請人間の雇傭契約につき仮りに合意解約がなされたとしても、右合意解約は左の理由により無効である。

(一)  被申請会社は従来よりその従業員の自主的な文化サークル活動を敵視し、その組織化の防止に狂奔し、人事係長長崎正らをしてこの種サークル活動を積極的におしすすめようとする従業員の思想調査、行動探知をなさしめ、そのものに対し解雇又は配置転換をほのめかし威圧を加えてきたものであるが、申請人に対してもその交友関係、父親並びに申請人自身に対する思想調査等をし、且つ前記長崎は申請人に「会社内でも従業員が一〇人位全金板橋地域支部に入つているが君が中心であることも分つた。共産党の思想はこの会社では認められない。これは会社の方針だから民青がやめられないなら会社を退めてもらいたい。」と解雇をほのめかし、申請人の父親の自宅又は宿泊先に訪れ、同人に対し申請人が日本民主青年同盟(以下民青という)に入つているのでこれから脱退せしめるよう説得し、更に昭和三七年一〇月一日には被申請会社専務取締役田中も申請人を会社応接室に呼びつけ、「君は『アカ』であるとか外部の労働組合や民青に入つているとかいう噂があるが、もし本当だとしたら転向するように。もし、転向したくないならそのような人が会社にいては困るのでやめてもらいたい」等といい、申請人の思想、信条、私生活にまで干渉し申請人に対し退職するようすすめて来たものである。

右の被申請会社前記職員らの申請人に対する退職勧誘行為は申請人に対する労働契約合意解約の申込に当るところ右申込の意思表示は前に述べたとおり申請人が民青同盟員であること、日本労働組合総評議会全国金属労働組合(以下全金という)板橋地域支部の組合員であることを嫌悪する申請人の思想信条を理由とするものであり憲法第一四条第一九条労働基準法第三条に違反し民法第九〇条の公序に違反し無効である。

(二)  被申請会社は大きな財力をもち申請人一人との雇傭契約関係が消滅しても企業の存立になんら影響を受けないのに反し、申請人は年若い女性で賃金を唯一の収入とするものであり、且つ当日は病気あがりで身体も衰弱しているのに、これを長時間拘束状態におき、満足な休息も与えず食事ものどをとおらない状況のもとで退職を強要したものであるから、被申請人の雇傭契約合意解約の申込に対する申請人の承諾は被申請人がその経済的優位の地位を利用して申請人の窮迫に乗じこれをなさしめたものであつて、公序良俗に反し無効である。

第五申請人の反対主張に対する被申請人の認否並びに反論

一、申請人の主張事実中申請人が流行性感冒のため昭和三七年一一月二〇日早退届にその理由を書いて課長印を貰い早退し、以後同年一二月二日まで欠勤したこと、同月三日被申請会社人事係長長崎正は被申請会社職員二名をまじえ会社応接室で申請人と話合つたこと、申請人が同日退職願を作成提出したこと、右長崎が埼玉県東松山の申請人の父親宅を訪ねたこと、被申請会社専務取締役田中が同年一〇月頃申請人を呼んで話合をしたことはいずれも認めるがその余の事実は否認する。

二、申請人は被申請会社外注部品検査の職場に働いていたが昭和三七年一一月二〇日午前中気分が悪いといつて帰宅し、その後同年一二月二日まで欠勤した。その間一一月二六日所属課長宛に「まだ体がなおらないから二、三日休ませてもらいたい」という電話により連絡があつたほか何の届出もなかつた。

ところで被申請会社の就業規則第二〇条には「従業員は病気その他やむを得ない事由によつて欠勤するときはその理由と日数を事前に、もしその余裕のない場合は事後速やかに届出なければならない、病気欠勤七日以上に及ぶ場合は前項の届出に医師の診断書を添付しなければならない」と規定されている関係上、右電話による届出を考慮しても、申請人の前記欠勤中一一月二五日までの欠勤及び同月二九日以降の欠勤はいずれも三日以上の継続無断欠勤になるので、被申請会社の人事係長長崎正が同月三日出社した申請人に対し「欠勤届と診断書を提出するように。」また、「連絡することができたのにこれをしないで迷惑をかけたのだから部長に挨拶して来るように。」と勧めたのに、申請人はこれをすべて拒否した。そこで右長崎は申請人を圧迫することになつたり、独断に陥つたりしてはならないという配慮から、申請人と出身地及び年令を同じくする被申請会社従業員市川ゆ里子、及び平川務を同席させた上、右各届出及び挨拶をするように再三勧めたところ、申請人は「それでは自分は退職する」と云つて辞職願を作成して提出したので、やむなくこれを受理したものである。

右応接室附近は終日人の出入りの激しいところであるから、監禁などということはあり得ない。また申請人の食事を右応接室でさせたのは同日申請人を申請人の父親方へ同道する予定であつたからにすぎない。要するに本件雇傭契約解約は申請人の自由な意思によりなされたもので強迫等の事実は全くない。

なお、被申請会社は一二月四日夜賃金退職金等を申請人の父親方に届けたところ、翌五日申請人が被申請会社を訪れ「退職金は私から後で返す」と述べたけれども、その後申請人はこれを実行せず現在に至つている。この点から見ても申請人は自ら退職を認めているのであり、今更先の退職の意思表示の効力を争い得ないものである。

第六証拠〈省略〉

理由

一、当事者間の労働契約関係

申請人は被申請会社に昭和三五年二月二〇日雇傭され本社工場検査課に所属し、外注部品検査の業務に従事していたこと、被申請会社は昭和三七年一二月四日以降申請人の就労を拒否し、以後賃金の支払をしないこと、申請人の当時の賃金は月金、一五、五七一円で、その締切日は毎月二〇日、その支払日は毎月末日であること当事者間に争いない。

そして成立に争いのない疎乙第二号証、証人長崎正の証言(第一回)申請人本人尋問の結果(第一回)によれば申請人は昭和三七年一二月三日午後七時頃、同日付の「私儀今般一身上の都合により退職致し度く御願い申上げます」という退職願なる書面を作成し、被申請会社に提出し被申請会社に於て申請人の退職金等を用意しこれを受諾したことが疎明される。

二、退職の意思表示の効力

(一)  被申請会社の申請人に対する態度

申請人本人の供述(第一回)により真正に成立したと認められる疎甲第一号証、証人岸沢英の証言により真正に成立したと認められる疎甲第八乃至第一〇号証の各一、二、成立に争いのない疎甲第一七、一八号証、並びに証人岸沢英、同伊藤宏の各証言、申請人本人の供述(第一回)によれば次の事実が疎明される。

申請人は昭和三五年秋頃労音に昭和三六年六月頃日本民主青年同盟に、同年七月頃全金板橋地域支部に加盟し、それらの活動に従事していたが、昭和三六年八月二二日被申請会社人事係長長崎正より「あなたは『うたごえ』のサークルとかに入つて、会社でもそういう会を作ろうとしているのではないか。『うたごえ』のサークルなんかは共産党に通ずるものであるから、そんなことをする人は会社にいてもらつては困る。」等といわれ、更に昭和三七年八月九日にも同係長から呼出され同僚板屋恵子との交友関係について色々と聞かれた上、「同人は家族ぐるみ赤である。同人について聞いたことがあればその情報を知らせてもらいたい」と頼まれたがその後昭和三七年一一月二〇日迄の間十数回、同係長より呼び出されて、その都度「民青とか全金の板橋地域支部の労働組合に加入しているのではないか。若い人達をそのような集会に連れていつているのではないか。黙つていても会社には警察から連絡してくるからちやんとわかつている。あなたのお父さんは埼玉県東松山市内の実家から通勤することを希望している。是非そのようにするように。マルクスレーニン主義とか共産党の思想は会社の方針にあわないので、転向するかさもなくば会社を退めてもらいたい。」等といわれた。また、昭和三七年一〇月一日には、被申請会社専務取締役田中からも同様のことをいわれた。その上、前記長崎係長は、昭和三七年九月下旬頃埼玉県東松山市大字松山(新地名は東松山市若松町)にある申請人の実家を訪れ、申請人の母親に面会し申請人の兄、姉の勤務先、思想、交友関係等について調査し、その後昭和三七年一〇月二日頃にも申請人の実家を訪れ、申請人の父親岸沢英に面会し、「申請人は民青とか全金の労働組合に入つていて、会社内に労働組合を作るべく運動している。会社ではそういう者を非常に嫌つている。そのような関係と手を切らせるように努力してくれ。」と依頼し、即日右岸沢英を同道して申請人のアパートを訪れ、申請人に対し「今日は父親の前だから嘘を言わずに民青とか全金の労働組合に入つていること等をすべて言いなさい。」と強要した。また、被申請会社専務取締役田中もその翌日頃右岸沢英に対し、申請人を実家より通わせるつもりはないかとただし、申請人は会社として好ましくない民青とか全金の労働組合に入つていて会社の若い者をそれらの会合に連れていつたり、組合を作ろうとしているので非常に困つている旨述べた。そのほか被申請会社は従業員のなかで民青とか全金の組合に加入し或は組合活動をしている者を極度に嫌い、ことあればそれらの者を企業より排除しようとし申請人に対しても同人が民青とか全金の板橋地域支部に加盟し、又サークル活動をしていることについて絶えず注目していた。証人長崎正の証言(第一、二回)中右認定に反する部分は信用できない。

(二)  申請人が退職願を提出するに至つた経緯

次に証人岸沢英の証言により真正に成立したと認められる疎甲第一一、第一三乃至第一五号証の各一、二、前掲疎甲第一号証、第一〇号証、証人岸沢英の証言並びに申請人本人の供述(第一、二回)によれば次の事実が疎明される。

申請人は昭和三七年一一月二〇日流行性感冒により被申請会社を早退し、同年一二月二日まで病気欠勤し、翌三日被申請会社に出勤したところ、いつも守衛所にあつた申請人のタイムカードも又申請人の日頃使用していた机も定位置になかつた。しかも、午前八時半頃庶務課より呼出を受けて同課に出頭したところ、前記長崎係長が応接室で就業規則を示した上「あなたは長期間無届欠勤をしたので、就業規則に規定する懲戒解雇事由に該当する。あなたは常々労働者は法律で守られているといつているが、今日は自ら法律を守り就業規則により会社を退めてもらいたい。しかし、就業規則に情状によつては軽くすることができるという規定もある。あなたはいままで田中専務や私から『民青に入つているか。』とか、『全金の組合に入つているか。』とかいう質問を受けて嘘をついてきたが、従来やつてきた組合活動等のことを全て話しなさい。田中専務のところへ行つてそれをすべて話してはどうか。」等と申請人の民青活動や全金の組合活動等について全て話すよう強要した。そして、申請人が「無断欠勤したものではない。もし必要なら診断書を提出する。」旨の申出をしたところ、長崎係長は「あなたの行為は懲戒解雇に該当するのでその必要はない。どうしても組合活動のことを言えないのなら懲戒解雇にしなければならない。しかし、独身の女性であつて将来のこともあるから、退職願を書いてはどうか。そうすれば、年末の賞与とか退職金も出るので、退職願を出してはどうか。」と退職願の提出を執拗に迫つた。このようにして午後四時半頃に至つたが、その頃人事係の平川務と市川百合子の二名もその席に加わり、同人らも長崎係長と同様のことをくり返し申述べて申請人に退職願の提出をすすめた。その間便所に行くとか荷物を職場にとりに行くとかは許されたが、それ以外応接室から出されず、昼食も応接室でとつた。しかも、長崎係長は「退職願を書かないかぎり家には帰さない」と言うので申請人も遂にこれを拒否しきれず午後七時頃長崎係長の書いてくれた原稿のとおり退職願を書いて同係長に提出した。

(三)  以上(一)(二)の事実をそう合すると、いわゆる民青活動とか労働組合活動とかを極度に嫌悪していた被申請会社は、申請人がこの種活動をしているものと考えて長期間の病気欠勤を機会に申請人を会社より追放せんとし、長崎係長をして前示の如く午前八時半から午後七時頃までの長時間一室において執拗に退職を強要させたものであつて、当時申請人が二一、二才の年若い女性であり、しかも病気上りで、おそらく肉体的にも精神的にも不安定な状態にあつたものと推測されることを考慮すれば、前記強要は申請人をして全く意思の自由を喪失させる程度には至らないが、すくなくとも威圧によつて申請人に辞職願を提出せざるを得ない状態に追い込んだものであつて、民法第九六条にいう強迫にあたるものと解すべきところ、申請人本人尋問の結果によると翌四日申請人は長崎係長に面会し、前記辞職願は自分の意思に基づくものではないと明言してこれを同係長の面前で破つたことが疎明される(証人長崎正の証言中右一応の認定に反する部分は措信しない)から、前記辞職願提出によつて一旦なされた申請人の本件雇傭契約解約の意思表示は、翌四日取消されてその効力を失つたものというべきである。

それ故、右意思表示の有効を前提として本件雇傭契約関係が終了したとする被申請人の主張は(それが、申請人の一方的意思表示によつて終了したと主張するものであるにせよ、或は右意思表示を要素とする双方の合意によつて終了したと主張するにせよ)、その前提において失当であつて採用し難い。

三、被申請人は昭和三七年一二月四日夜申請人の賃金、退職金等を親元へ届けたが申請人はこれを返還することなく現在に至つているのであるから申請人は自ら退職を認めているものというべく今更さきになした退職の意思表示の効力を争うことはできないものである旨主張する。しかし、郵便官署作成部分について争いなくその余も本件弁論の全趣旨から真正に成立したと認められる疎甲第一二号証、前掲疎甲第一一、第一四号証の各二、証人岸沢英の証言によれば、前記長崎係長がその頃申請人の父岸沢英方を訪ね、同人の不在中申請人の母親に対し右岸沢英が受取ることを承諾してはいないのに同人も承諾している旨申しいつわり、申請人の退職金等を強引に置いていつたけれども申請人は右退職金等を被申請会社に返すことを母親に強く要望し、母親はその退職金等を被申請会社に返還することによつて不必要な紛争を避けるため、これらを銀行預金として保管中であることが疎明されるのであつて、(証人長崎正の証言中右一応の認定に反する部分は措信しない。)かかる事実があるからといつて申請人が前記意思表示の効力を争い得ないいわれはない。

四、従つて申請人と被申請人との間の本件雇傭契約は依然有効に存続するものというべく、また、申請人が本件雇傭契約に基づき昭和三七年一二月三日当時賃金月額一五、五七一円を前月二一日から当月二〇日までの分について当月末日限り支払を受けていたこと、被申請人が同年一二月四日以降雇傭契約の終了を主張して申請人に賃金の支払をしないことは被申請人の認めて争わないところであり、これにより申請人が労働者として自活する上に著しい支障を蒙るべきこと本件弁論の全趣旨から明らかである。申請人の父兄が申請人の生活に援助を与える能力があり且つこれを拒んでいない事実があつたとしても右事実は必ずしも本件仮処分の必要性を減殺するものではない。

五、よつて本件仮処分申請は理由ありと認めてこれを認容し、申請費用につき民事訴訟法第八九条、第九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 川添利起 園部秀信 西村四郎)

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